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札幌家庭裁判所 昭和41年(家日)1760号 決定

債権者 芝山貞(仮名)

債務者 芝山良造(仮名)

主文

債権者の本件申立を却下する。

理由

債権者の求める裁判並びにその事実上、法律上の主張は、別紙一、二のとおりである。

(当裁判所の判断)

債権者は債務者を相手方として当庁に「相手方は申立人に対し、昭和四〇年一二月から毎月末限り一か月金五万円の割合による金員を支払え」との婚姻費用分担の審判を求め(当庁昭和四〇年一二月二二日受理、同年(家)第一六六一号)現在係属中であるところ、本件仮差押命令申請は、右婚姻費用分担審判事件を本案としてなされたものである。

本件の如く家事審判事件について民事訴訟法上の保全処分が許され得るかにつき考えるに、家事審判制度は、家庭事件を普通の裁判所で、通常の民事事件と同じ訴訟手続によって処理することは事件の性質上適当でないということから普通の裁判所とは別個の国家機関による特別な手続によって処理すべきであるとの趣旨で設けられ、家庭裁判所が現在その機関としてあるのである。

そして、右のような制度の趣旨から家事審判は、民事訴訟が当事者主義的構造のもとに公開主義によって行われるのに対し、職権主義的構造を有し非公開で行うものである。また審判手続は民事訴訟手続のように厳格かつ画一的な法律手続ではなく、審判機関に広い裁量権が認められ、この限度では事件処理につき事件ごとの個別的簡易迅速な取扱をなしうるのである。このように、家事審判と民事訴訟はその原理においても手続構造においても全く異るのである。

いま、民事訴訟法上の仮処分を家事審判事件についてたとえ類推又は準用という型においてもこれを認めることは、制度の趣旨ないし原理を全く異にしている訴訟手続を家事審判事件処理に導入することとなり、これは家事事件を民事訴訟とは基本原理の異にする手続によって解決するのが適当であるとして定められた家事審判法の理念に反するものというべきであり、また民事訴訟法上の保全処分はその被保全権利が終局的確定に至るべき本案が常に予想されているところ、同法は右のように原理、手続構造において民事訴訟とは著しく異る家事審判を本案とするような保全処分を許さないものと解すべきである。

要するに、家事審判法上審判事項とされている事件については家事審判法及びその系列に属する法規によってのみ処理すべきで、この事件について民事訴訟法上の保全処分を認めることは特別の規定のないかぎり許されない。

この結果、家事審判規則に定める審判前の仮の処分が限定的(本件の如き婚姻費用の分担事件については明文の規定がない)でかつ、執行力の有無についても見解がわかれ、不動産に対する処分禁止の仮の処分がなされてもその登記が受理されぬ(昭和二五年七月二〇日民甲一九四五号民事局長通達参照)などのためこの処分が無力な実情にあること等家事審判事件の当事者の保護が十分果されないことになるが、この救済は立法上の改正に期待する以外にない。

よって、本件申請はその余の点を判断するまでもなく失当であり、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 岸本昌已)

別紙第一(省略)

別紙第二

一、本件不動産仮差押命令申請は、さきに御庁に提訴して係属中である婚姻費用分担請求を本案としてなしたものであるが従来、家事審判事項を本案として民事訴訟法上の保全処分を申請することが許されるかどうかについて、しばしばその被保全権利の適確性及び管轄裁判所をめぐって判例、学説上問題となっているので、この点に関する債権者代理人の見解を明らかにする。

二、被保全権利としての適確性

(一) この点につき、消極説の論拠とするのは、

第一に、民事訴訟法による保全処分においては、被保全権利は民事訴訟法の対象たるものに限られるべきであって、一般に非訟手続を本案とすることはできないこと。

第二に、家事審判事件にあっては、被保全権利たる権利ないし法律関係は非訟事件手続たる家事審判手続によって、はじめて創成されるものであるから、これを本案として保全処分を求めることはできないこと。

第三に、家事審判事件の特殊性から、これに強制力を伴う保全処分を認めることは弊害があるから、あくまでも道義的なものとして取扱うべきであること。

第四に、家事審判手続上も、民訴法上の保全処分とは別に多くの審判前の処分(保全処分)が認められ、これら家事審判事件について定められた特別規定であるから、もしこの処分と別に民訴法上の処分が認められるならば、これらの規定は無用となり、またいたずらに手続を混乱させるに至ること。

などの諸点である。

(二) しかし、本案が、非訟事件手続であるか、民事訴訟手続であるかによって、民訴法上の保全処分適用の適否を論ずるのはあまりにも形式的である。家事審判手続も非訟事件手続の一に属し(家事審判法七条)、家事審判法五条に列挙された事項はその意味で非訟事項といわれるが、かかる非訟事項の中にも争訟性の強い事項が含まれているのであって、乙類事件に属する本件の本案たる婚姻費用分担の請求は、離婚による財産分与、扶養、遺産分割等の各事件とともに、争訟性の強い訴訟的事項に属するものとみるべきである。かかる訴訟的事項につき、それが単に非訟事件手続によって裁判されることを理由として、民事訴訟法による保全処分が許されないとすることは実質的考慮を欠いた見解といわざるを得ない。沿革的にも、扶養事件、遺産分割事件は争訟性が強く、従前民事訴訟事項とされていたものであるが、新民法ならびに家事審判法の施行により非訟事件とされるに至ったもので、前記消極説の見解によれば、新しい法制によりかえって保全処分の利益を奪われる結果になるが、立法者がかかる権利の縮少を計らねばならぬ合理的理由もなく、また立法上の過誤を犯したとも考えられない。むしろ立法者は、かかる訴訟的事項については従前どおり民事訴訟法による保全処分を求めうるものと考えていたと解するのが妥当である。現行法上、扶養事件、遺産分割事件については、それぞれ個別的に家事審判規則上の保全処分が認められているところから、さらに、そのうえ民事訴訟法上の保全処分を許すことが妥当かどうかの論議も別に生ずるところであるが、現在家事審判事項とされている右両事件も、右に述べた如く、従前はその強い争訟性の故に民事訴訟事項とされ、当然民事訴訟法上の保全処分も許されていたのであって、このことに考察を及ぼすと右両事件に認められている家事審判規則上の保全処分が同じく争訟性の強い婚姻費用分担請求事件については認められていないが、しかし、かかる争訟性の強い婚姻費用分担請求事件について、何らの保全処分の利益を与えないことが法の趣旨であるとは到底考えられず、法はこの場合民事訴訟法の保全処分が許されるべきことをその趣旨とするという結論を必然的に導かざるを得ないのである。結局民事訴訟法上の保全処分における本案とは、訴訟手続、非訟手続を問わず、広く本執行のための債務名義を形成する訴訟手続を指すものと解すべきであり、債務名義を得るための家事審判手続従って婚姻費用分担請求事件も右本案に含まれると解すべきである。

(三) また、家事審判事項は、審判によってはじめてその権利義務関係が創成されるせのであるから、これにつき、保全処分を認めることは「無い権利」を保全することになり不合理であるとの点については、裁判の確定まで権利関係の実在しないことは形成訴訟においても同様なのであって保全処分申請当時現実に権利関係が発生していないという一事をもってしては、家事審判手続で確定される権利関係の被保全適格を否定することはできない。さらに家事審判事件の場合も、形成さるべき権利発生の可能性は保全処分申請当時にもあるのであるから、その発生の可能性が強いことの疎明がある場合には保全処分を許しても何ら支障はないと解される。

(四) さらに、家事審判事件に強制力を伴う民事訴訟法上の保全処分を認めることは弊害があるというのが、消極説の論拠の一つであることは前述のとおりであるが、強制力を伴う保全処分を必要とする具体的な事件は多くの場合当事者同志深刻に対立し、話合い等の平和的解決に適しない状態にあるのであって、本件本案の場合も当事者同志の話合で解決がつかず、さらに調停も不成立に終り、全く破綻状態にあるのであって、かかる本件本案の場合、強制力を伴う保全処分を認めることには何らの弊害もなく、むしろそれを認めないことにこそ弊害があるというべきである。

(五) 家事審判事件についても、家事審判規則により個別的に多くの保全処分が認められており、従ってこれら家事審判規則の規定が民事訴訟法上の保全処分を排斥する趣旨で設けられたものであるかどうかの疑問が生じ、この点につき家事審判規則上の保全処分の執行力の有無についての理解を前提として、民事訴訟法上の保全処分の規定の適用の適否について学説上見解がわかれているのであるが、しかし家事審判規則上の保全処分は全ての家事審判事項について認められているのではなく、本件本案たる婚姻費用分担請求事件については、かかる規則上の保全処分は認められていない。したがって、右の論議を別として、民事訴訟法上の保全処分が家事審判事項については許されないとすると本件本案の場合は、一切の事前的利益の保護は受けられないこととなる。しかしおよそあらゆる権利はその実質的利益を享受し得るために、他に特別の権利保全の制度のない限りはできるだけ広く民事訴訟法の保全制度の恩恵を受けしめる必要があると解すべきであって、本件本案についてもまさに民事訴訟法上の保全処分が許されると解される。

三、管轄裁判所

婚姻費用分担請求事件を本案として民事訴訟法上の保全処分が許されることは右に考察したとおりであるが、つぎにその管轄裁判所問題となる。この点につき、特別の規定はないが、この場合の管轄裁判所は当該審判事件を本案として、保全処分の申立をするわけであるから、当該審判事件の現に係属している家庭裁判所であると解される。蓋し、特別それを許容する規定もなく、地方裁判所が家事事件を処理することはたとえ保全処分としてであっても、家事審判制度の趣旨に反する結果となるからである。

四、むすび

以上要すに、本件不動産仮差押命令申請は、さきに御庁に提訴した婚姻費用分担請求事件を本案として、被保全権利の存在、保全の必要、等の要件を具備しかつ管轄裁判所たる御庁に適法になされているものである。

なお付言すると、東京家裁昭和三三年五月二三日判決、判例タイムス〔編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる〕八一号七六頁以下は、家事審判事項たる財産分与請求事件を本案として民事訴訟法上の仮処分を許し、さらにそれが家庭裁判所の管轄に属することを認めている。

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